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過去の治療。

私たち夫婦の場合は、産婦人科で最初は特に問題ないよって言われて、

それでも出来ないから不妊治療専門にの病院に移って、そこで夫の精子

の数も動きも悪いから自然には出来ないって言われました。自然には100%

無理だって。

100%ってすごいでしょ。

なんか死を宣言されたような・・・すべての希望がなくなるような。

夫はその後だまっちゃって帰りも口を聞かなくて、話し掛けると「別におちこん

でない」って。

それからが結構辛くて。

自分のせいだったら自分を責めて夫に誤ることができるんだけど、夫に原因があ

るって言われちゃうと何も言えない。

どう言葉をかけていいかもわからない。

数日して夫が「都内の大きい病院で検査を受けてくる」って言い出したんです。

自分でネットで調べてたらしく、リプロダクションセンター?精子の精密検査をして

くれるとこ。

夫は病院で言われたこと気にしてたんだけど、だったら大きなとこでもう一度きちん

と調べたいと思ったみたい。それを一人で行動に移したことにすごいなと思いました。

予約をとって数ヵ月後検査。

結果はよろしくなく・・・

その病院では精策静脈瘤だって言われて、結策の手術をすることになりました。

これは賛否両論で、この手術をしたからって何もよくならないってDrと手術をして1~2

年で精子の数が増えるってDrもいて。

何もしないよりしたほうがいいってことでしました。

手術後、違う病院で検査をしましたが、変わりはなく・・・

それで、私たちが子供を授かるためには体外受精しかないって結論になったのです。

その頃は特に結婚した友人がなんの努力も無く「出来ちゃった」と聞くと胸が痛みました。

自然にね。自然にできるんだよね。私たちがどんなにがんばっても叶わないことが

なんの苦労もなく出来ちゃうんだよね。

この頃はKLCは知ってたけど、遠いのと仕事との両立が難しそうだったので諦めて、

通いやすい浦和の病院から大宮の病院にうつって通い出しました。

長くなっちゃったのでこの辺で。

また書きます。
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2008.07.04 Fri l 今までの治療 l COM(0) TB(0) l top ▲
夢クリニック・・・4つめの病院です。

結婚したのが2002年10月。
子供が出来ないなぁと思って、近くの総合病院に初めて行ったのが
2004年8月。

その時に卵管造影やって異常なくて、夫の精子もちょっと少ないくらい、
でもまあ、問題ないですよ、まだ若いから焦らずいきましょう。
というDrの軽い言葉。

信じちゃったんですよねぇ。

その病院、総合病院だったので産科がメイン。産むほう。
だから、妊婦さんに混じっての診察で5つくらい並ぶ診察台の両サイドには妊婦さん。
順番も妊婦さんが優先。
不妊治療の患者なんて少なくて肩身が狭いし、妊婦さん見て泣きたくなるし・・
半年程通って(タイミングだけ)今度は不妊治療専門の病院に転院することにしました。

2005年7月。
某浦和にある某Sクリニックへ。
ここも私的にはだめだったなぁ。
受け付けもDrも無愛想で。
けっこうきついこと言われて帰り道よく泣いてました。
フーナーやって、人工授精1回やって撃沈。
排卵誘発剤も打たれちゃった。

2006年3月。
某大宮の某Sクリニックへ。
ここは夫がネットで色々調べてくれて、最初のガイダンスまで何ヶ月も待って。
すっごく丁寧で真剣なDrで、看護師さんも受付の人も皆優しくて。
もうこの病院で最後にしようと心に決めて通いました。
2年間の間に体外を2回、そこに行き着くまでが長くて・・・
なかなか卵が育たなかったり、採卵できなかったりで。
すっごくすっごくいい病院だったけど、結果が出なければだめなんですよね。
治療方針にもちょっと疑問が出ちゃって。
そんな時、夢のガイダンスを聞きに行って。
思い切って、最後の砦で夢に行くことを決意しました。

すっごい省略しちゃったけど、詳しくはまた書きます。

夢は最後の砦。
本当にこれで最後にしたいな。
最後って言葉は重いけど。
めでたく妊娠して卒業!
卒業目指してがんばろ

2008.06.24 Tue l 今までの治療 l COM(2) TB(0) l top ▲
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